2007年08月02日


映画が終わった時と飛行機が着陸した時。

みんな我先に立ち上がり出口を目指す。 ま、飛行機の場合はずっと狭いところに座っていたので早く外に出たい気持ちは分かる。 でも、まだドアも開いていないのに、立ち上がり出口に急ぐ人の多い事。 当然狭い通路の列は先へ進まないので、窓際で立ち上がったものの、通路へでることが出来ず、荷物棚に頭がつかえて「はてな?」の姿勢に首をかしげたまま待っている人なんかを見ると、

「ま、取りあえず座れよ」

と声をかけたくなる。

飛行機と比べて更に理解できないのが映画館。 飛行機と違ってつらい時間がやっと終わるのではなく、楽しかった(通常)映画が終わるのだからゆっくり余韻を楽しみながらエンドロールを見てから出たいのに、映画本編が終わった瞬間にみな一斉に立ち上がるから、こっちは足を動かして前を通る人に道をあけてやらねばならず、落ち着いて余韻がたのしめない。

しかも、最近の映画は終わったと思ったら、最後の最後にオマケ映像が出たりするからじっくり見たいのに、何でみんな先を急ぐの? そんなにトイレ我慢してたのか? 

先日子供たちを連れて観にいったシンプソンズだけは、最後のオマケがあることを皆どこかで聞いていたのか、それともシンプソンズがこのまま終わるはずがないという期待感か、珍しく映画が終わっても席を立つ人のほうが少なかった。 で、もちろんオマケがあったわけですが、ネタバレになるので内緒にしておきます。


2007年07月29日


6月29日の発売日にアップルストアに並んでiPhoneを購入してからちょうど一ヶ月。 すでに生活の一部として無くてはならないアイテムになりつつあります。

これまでも、ハイテクガジェットおたくの編集長は知る人ぞ知るSONYのPalmTopに始まり、ザウルス、WindowsCEに至っては3世代も買い続けてきたワケですが、その結論として:

・もともと予定表をつけないひとがPDAを持ったからといってスケジュール管理は向上しない
・メールやWEBはちっちゃい画面でみるのも書くのも面倒。 すぐ飽きる。
・ちょっとしたメモやすぐ見たい情報は紙のメモ帳には勝てない。 それ以上の場合はノートパソコンが矢張り便利
・結局、MP3プレイヤー兼、ゲーム端末になっておしまい

と、いうことをようやく学んで、しばらくPDAは持ち歩かずにいたはずでした。 さらに、携帯電話もあまり愛着がわかず、「携帯不携帯」なんてことがしょっちゅうでした。

ところが、iPhone を使うようになってガラリと変わりました:

・メールのちょっと見、寝る前のネットサーフィンはiPhone で
・オフィスの電話は転送電話にセットしっぱなしで、オフィスにいてもiPhoneで出るように
・スケジュール、メモをiPhoneで見るばかりか、積極的に入力するように
・iPodとしてはほとんど未使用


iPhoneのアプリケーションの使用頻度順位はこんな感じです:

1. ブラウザ
2. メール
3. 電話
4. スケジューラ
5. デジカメ
6. 地図
7. iPod (ビデオ再生)

逆にあまり使わない機能は:
1. YouTube
2. iPod (音楽再生)
3. Stock

って感じ。

まず、感動的なのが「携帯電話を再開発」というだけあって、本来の機能である携帯電話としての細かい操作性が非常に優れていること。 発着信履歴やボイスメール、カンファレンスコールなど今までの携帯電話ではあまり使わなかった機能が非常に使いやすいので、つい使い込んでしまいます。 今では、発着信の履歴を残して持ち歩きたいので、オフィスの直通番号にかかってきた電話は Call Forwarding を設定しっぱなし、でデスクにいても iphoneに転送されるのを待ってから取る様な状況です。 あまり利用率が高いのと、iPhoneを耳にあててしゃべっている様子がイマイチなので、ブルートゥースのヘッドセット(Jawbone)を購入したのですが、その使い勝手が良いせいもあるかもしれません。

電話機能の次に感動なのが、メールとブラウザ。

解像度が高く美しい液晶と、素晴らしいユーザインタフェイスのおかげで、ちっちゃい画面で見ているというストレスをほとんど感じさせません。 家で、パソコンの前に座りつつ、iPhoneでメール着信を確認すると、そのままiPhoneでメールを読み、リンクが貼ってあったりすると、そのまましばらくiPhoneでネットサーフィンなんていうパターンが多く、カミサンに「便利なのはわかるけど、なんで目の前のパソコンを使わないでそんなちっちゃい画面で見てんの?」なんて言われることが何度もありましたが、だってその必要を感じないんだもん。

普通のページが普通に見れるのも感動的ですが、この一ヶ月で iPhone に特化したWebページも沢山出てきました。

Movies.app:郵便番号を入力すると近くの映画館のリストが表示され、映画館を選択すると上映中の映画のリストを表示。 映画を選ぶと、上映時間が表示され、その画面からチケットを購入したり、トレーラーを再生したり、映画館までの地図を表示したりと大変便利。
digg
Tip Calculator for iPhone
Gas.app:最寄のガソリンスタンドの安値リスト
AppMarks:上記のようなiPhone専用アプリページへのトップメニュー

iPhoneは日本語のメールやページを見るのは問題ないのですが、日本語入力が出来ないのがタマに傷でした。 ところが、これを可能にしてくれたのが、 JKeyboardです。 エライ!
使い方は、上のリンクページの最下部にあるブックマークレットをマックのサファリでブックマークして、iPhoneにブックマークを同期で送ります。  あとは、漢字を入力したいページで、このブックマークレットを開くと、日本語入力用のキーパッドで出てきてかな漢字変換もばっちり。 これは感動。 おかげで更に iPhone使用度が高まりました。

他のPDAや携帯にあって、iPhoneにはついてこないのがゲームですが、これだけブラウザの機能がしっかりしていると、あえてゲームアプリを入れなかったのも分かるような気がします。 「暇な時はこれで遊んでね」と与えられたゲームではなくて、iPhoneはあくまでツールとして自分の使い方が選べるわけです。 ちょっとした暇つぶしのエンターテイメントとしては、iTunesストアでダウンロードしたTVのクリップを持ち歩くようになりました。 と言っても、ネットがつながってブラウザがあれば暇つぶしが必要になる事はほとんど無いのですが。 

これまでの携帯では、ボイスメールとメールの中間でその位置づけがイマイチ掴めずほとんどしていなかったテキストメッセージング、SMSもiPhone になってから利用するようになりました。

標準ではついてこない、インスタントメッセンジャーも、BeeJive などを利用する事で、MSNやYahoo、AIMのアカウントでチャットが可能になります。

電話で、インスタントメッセンジャーで、SMSで、Twitterで、BLOGでいつでもどこでもネットにつながっているという手軽さと便利さが iPhoneを片時も手放せなくする大きな理由の一つでしょう。 実際、布団に入ってから iPhone、枕元で充電して、朝起きたら iPhone。 トイレにも持って入るような、ちょっとアディクテッドな iPhone生活が続いています。

さて、最初の熱も冷めるころの来月にはどんな様子になっているか、またレポートしますね。


2007年07月19日


いい年こいて新し物好きな編集長ですが、先日から恥ずかしげもなく流行りのビリーズブートキャンプなるものを始めてしまいました。 まだ二日目ですが筋肉痛で死にそうです。

初日のトレーニングが終わったあと、「そうだ、どれくらい効果が出たかあとで分かるように写真に撮っておこう」と思いつき、風呂上りの中年太りの醜い裸を鏡に映し、iPhoneで撮影したわけですよ。

そんなことはすっかり忘れて翌日、人に会う機会があったので、いつものように iPhone を取り出して自慢を始めました。

iPhone自慢デモは、もう何度もやっているので、大体何を見せると相手が喜ぶかコツがつかめてきました。 いつも必ず見せるものの一つに、二本指ズームとドラッグがあるんですが、これには Photoライブラリの写真を使用します。

もう、おわかりですね。 

今回は、ぎりぎりのところで脳内に緊急警報が鳴り響き、急ブレーキ状態で相手からひったくるように iPhoneを奪い返し、なんとか大恥をかかずに済んだのですが、あと一歩で鏡の前でハダカでポーズするハゲオヤジの写真を妙齢のご婦人に見せてしまうところでした。

みなさんも、iPhoneを人に自慢する時には、中身に気をつけましょうね~。


2006年07月21日


最近になってまた、「今35歳以上の人はとっくに死んでいる筈らしい」 の原文をくださいというメールが増えてきたので、オリジナルを貼り付けておきます。

もともとチェーンメールなので出典がはっきりしないため翻訳だけ掲載した、というのは建前、本当は編集長のデタラメな翻訳と原文を対比されるのが恥ずかしかったのですが、もう時効ということで。。。

People over 35 should be dead. Here's why .

According to today's regulators and bureaucrats, those of us who were kids in the 40's, 50's, 60's, or even maybe the early 70's probably shouldn't have survived.

Our baby cribs were covered with bright colored lead-based paint.

We had no childproof lids on medicine bottles, doors or cabinets, .... ! and when we rode our bikes, we had no helmets. (Not to mention the risks we took hitchhiking.)

As children, we would ride in cars with no seatbelts or air bags.

Riding in the back of a pickup truck on a warm day was always a special treat.

We drank water from the garden hose and not from a bottle.
Horrors!

We ate cupcakes, bread and butter, and drank soda pop with sugar in it, but we were never overweight because we were always outside playing.

We shared one soft drink with four friends, from one bottle, and no one actually died from this.

We would spend hours building our go-carts out of scraps and then rode down the hill, only to find out we forgot the brakes.

After running into the bushes a few times, we learned to solve the problem.

We would leave home in the morning and play all day, as long as we were back when the street lights came on.

No one was able to reach us all day.
NO CELL PHONES!!!!!
U n t h i n k a b l e !

We did not have Playstations, Nintendo 64! , X-Boxes, no video games at all, no 99 channels on cable, video tape movies, surround sound, personal cell phones, personal computers, or Internet chat rooms.

We had friends!

We went outside and found them.

We played dodge ball, and sometimes, the ball would really hurt.

We fell out of trees, got cut and broke bones and teeth, and there were no lawsuits from these accidents.
They were accidents.

No one was to blame but us. Remember accidents?

We had fights and punched each other and got black and blue and learned to get over it.

We made up games with sticks and tennis balls and ate worms, and although we were told it would happen, we did not put out very many eyes, nor did the worms live inside us forever.

We rode bikes or walked to a friend's home and knocked on the door, or rang the bell or just walked in and talked to them.

Little League had tryouts and not everyone made the team.

Those who didn't had to learn to deal with disappointment.

Some students weren't as smart as others, so they failed a grade and were held back to repeat the same grade.
Horrors!

Tests were not adjusted for any reason.

Our actions were our own.

Consequences were expected.

The idea of a parent bailing us out if we broke a law was unheard of.
They actually sided with the law.
Imagine that!

This generation has produced some of the best risk-takers and problem solvers and inventors, ever.

The past 50 years have been an explosion of innovation and new ideas.

We had freedom, failure, success and responsibility, and we learned how to deal with it all.
And you're one of them!
Congratulations!

Please pass this on to others who have had the luck to grow up as kids, before lawyers and government regulated our lives, for our own good!!!!

People under 35 are WIMPS!


2006年07月02日


istockphoto.jpgiStockPhoto が面白くて最近ハマっている。

iStockPhotoは成功しているWeb2.0系サイトとして紹介されることも多いが、マイクロペイメント型のロイヤリティーフリーの画像素材のマーケットプレイスだ。 ・・・と、いっても何のことかわかりにくいので説明すると、ロイヤリティーフリーの画像素材をオンライン上で格安で売買できるサイトだ。

その仕組みは、メンバーとして登録した個人が、自分で作成したイラストや写真をアップロードすると、広告やWEBなどで使用する画像素材を求める人が、これを安価で購入できる仕組み。 売り上げの一部(1ドルの写真なら20セント)が画像をアップロードした個人にキックバックされる。

素材の値段が、スモールサイズ(800x600)なら一枚1ドルと格安なこと、高品質な画像が豊富で検索機能が充実していることから人気を呼び、素材のストックは89万点にも達している。

Webで使う画像素材の著作権などは、気をつけないと知らないうちに二次使用で訴えられるケースもあるので、こうした格安素材は、「ちょっとこのページにこんな写真が欲しい」なんて時に便利だ。 ダウンロードした素材は、再販、再配布しないかぎり、基本的に自由に使用することが可能だ。 (リプリント数の上限などがあるので詳しくは各素材のライセンスをよく読んで)。

私も最初はWebで使用する素材を購入する目的でメンバーになったが、中には「これなら俺でもできそう」「こんな写真がなぜ何十回もダウンロードされているの?」と思うこともあり、興味半分で自分の写真もアップロードしてみることにした。

ところが、iStockPhotoは高品質な素材にこだわっているだけに、無条件に誰でもアップロードできるわけではない。 まずはオンラインのトレーニングを修了しなければいけない。 このトレーニングでは、ライティングや肖像権などの基本的なことを解説してくれて、最後には修了テストがある。 このテストに不合格するとまたやり直しで、合格するまでは写真をアップロードすることができない。

やっと、筆記(オンライン)テストに合格すると、次は実技テスト。 自分の素材のサンプルを3点アップロードしろという。 デジカメで撮影した写真のなかから、上手に撮れているのを三点選んでアップロード。 この写真は人間のスタッフが実際にチェックするので、結果がでるまで数日待たなければいけない。

しばらくするとメールで、「どの写真はどこが悪かったので不合格、代わりの写真をアップロードしなさい」という通知が送られてくるので、合計3枚合格するまでこれを繰り返す。

やっと3点合格を貰うと、初めて写真のアップロードが可能なアカウントが貰える。 しかし、だからといって何でもアップロードできるようになるわけではない。 この後もアップロードする写真のチェックは継続し、露出オーバー、ピンボケなど容赦なくボツにされる。

めでたくアップロードできた写真については、誰が何回参照し、何件ダウンロードされたかがわかる。 私が始めてアップロードした写真はこれまでに三週間で48ビュー、6ダウンロードで、$2.40を稼いだ。 このレベルの写真をあと100枚くらいアップすれば、まあまあの小遣い稼ぎになるかもしれないが、残念ながらたまたま上手に撮れた写真でこれなので、あと100枚は難しそうだ。

しかし、このサイト、写真のテクニック向上にはとてもよいと思う。 第三者の評価が得られるし、ダウンロード数など励みになる。 同じテーマで撮影したほかの人の写真と見比べて、なぜこっちはダウンロードが多いのかなんて考えるのも面白い。

写真を売買するだけでなく、iStockPhoto内に自分のブログを持ったり、気に入ったメンバーの投稿を購読したりできるので、ちょっとしたSNSにもなっている。

iStockPhoto


2006年06月03日


私は中学三年になるまで読書や本が大嫌いな少年だった。 それがなぜ活字中毒と言われるほど本を読むようになったかというと、当時の古文の教師がいいことを教えてくれたからだ。 

彼は、「本嫌いの人が持っている間違った認識を正す」として次のことを教えてくれた。

1. 読み始めた本でもつまらないと思ったら読み終える必要は無い。 本がつまらないのは作者のせい。

2. 飛ばし読み、斜め読み、結末から読み、大いに結構。 「こう読まないといけない」というルールは無い。

3. 本は活字が印刷されているタダの紙。 丁寧に扱う必要はない。 気に入ったページを破っても、折っても踏み台につかっても構わない。

4. 本を読んで感動するのは自分の人生や考え方と本が触れ合うから。 だから読み手によって感動する本も感動する箇所も違って当然。 人が読んで良かったからと言って自分に合うとは限らない。

5. 本を読んでそこから何かを得ることを期待してはいけない。 読書とは自分の頭で考えられない人が人の頭を使って思考するだけのこと。(Schopenhauer)

中学三年生の読書嫌い少年はこの話を聞いて目が覚めた。 本に対する姿勢が随分楽になりだんだん気軽に本を手に取るようになった。 教えに従い、つまらないと思ったらすぐやめたり、他の本を読んだりで、最初のうちは最後まで到達する本のほうが少なかったがだんたん自分の読み方が出来てきた。 本を読んでいるから色んなことを知っているかと思われるが、とんでもない。 ほとんどの本の内容は読み終えると同時に(読んでいる最中にも)忘れてしまい、読後はほとんど何も残らない。 

古文の先生は更に、「なんで多くの人が私のような読書嫌いになってしまうかというと、日本の教育に問題がある」と教えてくれた。 すなわち、

「この作品を通じて作者が伝えたかったことは?」
「この時、こう行動した主人公の気持ちは?」
「この本を読んで感じたことをまとめなさい」

こういう問題を繰り返し与えられてきた子供たちは、これらの問いには正しい一つの答えがあると誤解してしまう。 それが分からない自分はダメなんだと考えてしまう。 

先生曰く、本を読んでどう感じるかなんて人それぞれだし、何も感じない人も沢山いる。 登場人物の胸の内なんて書いてないことは作者に聞いたってわかりっこないし、作者にはっきりとした伝えたいことがあって、それが伝わらないならそれは作者の落ち度。 行間を読むというが、行間に書いてあることは読む人の経験によって異なる。

アメリカの学校では、読書にかなり力を入れて家庭でも毎日本を読むことを勧めますが、「この本を読め」と押し付けられることは滅多にありません。 お子さんが本を読み始めて途中で投げ出したら、お子さんを責めるのではなく、最後まで読みたくなるような本を一緒にさがしてあげましょう。


2006年05月26日


ビールが好き。 それもみんなでわいわい飲むのが好き。 でも、飲んでいて人にお酌されるのが苦手。 

まだ空になっていないビールのグラスに注ぎ足されるのは嫌なので、「ま、どうぞどうぞ」なんて言われると慌ててグラスを空にする。 でもって、注いだビールが泡が抜けうちに早く飲みたいので、すぐ空けてしまう。 そうすると、また「どうぞどうぞ」の繰り返し。 お酌攻撃をブロックするには注がれた酒にほとんど口を付けずに目の前においておくことだが、そんなことはおビール様に申し訳なくてできない。
これじゃ、好きなビールを自分のペースで飲むことができないので、「自分でやりますので手酌ということで」と早めにお断りすることにしている。 

問題は年配の人や目上の人と飲むときだ。 こちらから「手酌で」、というのも失礼だし、自分がお酌されるのが好きでないのでつい相手にお酌するのも忘れてしまう。 そうすると、礼儀正しい人は自分で注がずに空になったグラスを前にじっと待っていたりするので、困ってしまう。

同じように苦手なのが、焼肉仕切り屋さんだ。

焼肉はネタによって好きな火加減があるので、できれば自分で食べる分を自分のペースで焼きながら食べたい。 
ところが、みんなで焼肉を囲むと必ず一人は「あ、こっちもう焼けてますよ、はいどうぞ。 タン塩もうすこし足しておきますね。 カルビはそろそろいけますよ」なんて仕切り屋さんが出てくる。 鉄板を上に肉を絶やさないのが自分の使命とばかりに、玉ねぎから上カルビまで食べるほうのペースや好みなんてお構い無しにジャンジャン焼いてしまう。 結局、食べるほうが追いつかず、「じゃ、焼けたのこのお皿にとっておきますから」なんて言ってさらに新しい肉を投入するので、結局こっちは冷めた肉を処理することになる。

あー、世の中からビールのお酌と焼肉仕切り屋さんがなくなればいいのに。 「自分でやります」バッチでも作って、胸につけておこうかな。


2006年05月24日


いま35歳以上の人はもうとっくに死んでいる筈らしい

最近の子供のための安全基準だの健康管理だのってのを聞いていると、どうも40年代から60年代生まれの僕達は危険すぎる環境で育ったことになるからね


そもそも僕らのベビーベッドときたら、鉛のたっぷり入ったテカテカの派手な塗装だったし
薬の入ったビンやドア、引き出しなんかも子供が開けられないような仕組みはなかった
初めて自転車にのったときからヘルメットなんかしてなかったし、大きくなったらヒッチハイクだってしたしね
子供の時だって車に乗るときはシートベルトなんかしなかったし、車にはもちろんエアバッグなんかついてなかった
天気のいい日にトラックの荷台にのせてもらうのはとっておきのごほうびだった
水だってペットボトルなんかじゃなくて、庭のホースから飲んでたよね、信じられる?
カップケーキだのバターたっぷりのパン、砂糖の入った炭酸ジュースなんか大好でたくさん飲んだり食べたりしたけど、いっつも外で走り回ってたからだれも肥満になるヤツなんかいなかった
一本のジュースを仲間で回し飲みもしたけど、それで病気がうつって死んだやつなんかいなかった
ガラクタを集めて何時間もかけてゴーカートを作って坂道の上から走らせたりしたよね。 ブレーキをつけていなかったことに気がつくのはいつも発車してからなんだ
なんどか茂みに突っ込んで、ようやくどうすればよいのか学ぶんだ
朝早く家をでたら、街灯がつくまで一日中外で遊んでいられた
僕らを呼び戻す携帯電話なんかなかったしね 信じられる? 携帯電話の無い世界!
プレイステーションも、X-Boxはもとより、そもそもテレビゲームなんてものは存在しかなった。 99チャンネルもあるケーブルテレビもなけりゃ、レンタルビデオ、サラウンドシステムも、パソコンやインターネット、オンラインチャットなんて無い世界

でも、僕らには友達がいた

家から飛び出せば、一緒に遊ぶ友達はすぐに見つかった
ドッジボールで遊んでいて、ボールがぶつかってマジで痛い思いをしたもんだ
木のぼりして落ちて、骨や歯をおったりするアクシデントに見舞われても、裁判沙汰になんかならなかった
だってアクシデントだもん
誰も責められないよね? アクシデントだもん
友達と殴り合いのケンカして、あざをつくったりしてもなんとかそれを乗り越えることを学んだ
テニスボールと棒切れさえあればいろんなゲームを思いついて遊んだもんだ
目が潰れるぞって親におどされたけど、やっぱりミミズを食って見たもんだ、で、ミミズは永久に体の中で生きているってのもウソだって身を持って確認したよね
自転車や歩きで友達の家まで行って、ドアをノックしたり、あるいは勝手に中に入って、友達といつまでも語り合っていた
リトルリーグには入団試験があって誰でも入れるわけではなかった
入れなかったヤツはくやしさを乗り越えることを覚えなければならなかった
クラスメートの中には、勉強ができなくてダブってるやつもいた。 恐ろしいね
試験の結果が「調整される」なんてことはあり得なかった

自分の行動は自分の責任
どうすればどういう結果になるかはちゃんとわかっていた
警察に捕まった子供に親が保釈金を出すなんで想像もつかない時代だった
親に警察に連れて行くぞって脅されたもんだ
想像できるかい?

こういう時代に子供時代を過ごした僕らには自然と、危険と向き合う能力、問題を解決する能力、画期的な発明をする能力が身についた
過去50年の発明と革新の歴史を振り返ってごらん
僕らには自由があった、失敗も、成功も、責任も そしてそれらとどう向き合うかを学んだ

おめでとう 君もその時代の一人だ

幸運にもこうした時代に生まれ育った他の人にも是非この文面を回して欲しい
「子供のため」の大義名分のもと、弁護士や政府に過保護に育てられた35歳以下の連中には本当に同情する


■■これは、2004年の11月に私のところに回ってきたチェーンメールで、面白かったので英語だったものを翻訳して地方版に掲載した

何故か最近になって、この記事へのアクセスが多いと思ったら、複数のブログで「こんなチェーンメールが回ってきました」と私の翻訳版が紹介されているらしい。 出展元として地方版へのリンクは無いので、ひょっとすると日本語版が一人歩きしてチェーンメールになって回っているのかもしれない。 それはそれで愉快なので、みなさんもよかったら、このエントリをコピーしてブログに貼るなり友人に送るなりしてみてください。


2006年05月12日


chicken_cage.jpg
マーキュリーニュースのこの記事 (Google uses clout to free hens)を読んで、社員食堂企画でお世話になったグーグルのカフェテリアのニュースということで、とりあえず、ちゃぶだいのプチ地方版にニュースで紹介した。


だけど、この手の話ってどうもすっきり来ないんだよね。 同じ食用の鶏で、ケージに入れたら可哀相だけど、ケージフリーなら殺して食ってもオッケーっていう基準がどうもわからん。 羽を広げられないのは可哀相ってのはあくまで人間の主観的な問題でしょ。 ひょっとしたら、「じっとしているだけで、外敵、天候、餌の心配もなく毎日暮らせてラッキー」って思っているかもしれないし、そもそも自我のない鶏に、「不幸」とか「つらい」とかいう感情があるとも思えない。

元の記事にもあるけれど、ケージフリーにすると接触するほかの鶏の数が増える分、病気に感染して死ぬ確立も増えるそうだ。 弱い鶏が餌を十分に食べることが出来なくて死ぬこともあるだろう。

ケージフリーだろうが、ケージ詰め込みだろうが、卵が生産できなくなれば殺されて唐揚げになっちゃうのは同じだろうし、殺すときに麻酔を打って、安楽死させてやっているとも思えない。 そもそも、動物が捕食する相手に「可哀相」なんて感情を持ってたら生きていけない分けで、自分が手を下さない消費者である我々が、「ケンタッキーフライドチキンはおいしいけど、鶏舎のニワトリが窮屈なのは可哀相」ってのはおかしな話だ。

グーグルも、「ケージフリーのが美味いから」って言ってくれれば納得なんだけどね。

人間は物々交換を覚えたときから、自分で殺生をしなくても生きていけるようになったんだから、見なくていいものワザワザ見せ付けて中途半端な良心に訴えるようなことは止めて欲しい。 そりゃ、だれだって子牛の首を切って殺すところは見たくないけど、Vealは美味いじゃん。


2006年05月06日


昨日と今日、サンタクララのセントラルパークでは、移民法改正に反対する人に反対する「Anti-Protest」のデモが行われた。 車で通り過ぎてみると100人近い人が沿道でアメリカ国旗やプラカードを振っている。 その反対側では小さいグループだが、メキシコ移民サポートグループも対立デモを行っていた。

今回の移民法改正デモについて、メキシコ人を初めとする移民指示派は非常にうまいデモを展開してきた。 
すなわち:


・アメリカの国旗を振って、「敵」では無いことをアピール
・白いシャツ、家族連れでデモに参加し、平和で良心的なデモをアピール
・不法移民や彼らに関連する雇用者などを犯罪者あつかいするのは非道い、とアピール
・アメリカ人がやりたがらない、底辺の低賃金労働を支えてきたことをアピール
・アメリカ人だって、みんな最初は移民だった。 メキシコ人はアメリカが来る前からカリフォルニアに住んでいた。
・人種差別反対

こうなると、下手に反論すると悪者になってしまう。

今回、セントラルパークで反対の反対デモをやっていた退役軍人を初めとするアメリカ人の言い分はこうだ:

・移民は歓迎。 でも法律を守らないのはいかん。 ちゃんと手続きするべき
・不法入国、不法労働をみとめてはテロリストや犯罪者、感染病を持つ人が入ってくるかもしれない。
・失業率が高いアメリカで、外国の不法労働者に教育や医療のサービスを与える余裕はない

現場での口論はこんな感じだ:

「移民やメキシコ人に反対しているわけではない。 ちゃんと正規の手続きをして入国し労働するなら大歓迎だ」
「アメリカが不法移民に押し付けている低賃金労働ではビサが降りない」
「こっちは2年前から失業状態だ。 低賃金で働く不法移民がいるおかげで、我々は仕事が無い」
「我々と同じ賃金で同じ仕事をしてみたらどうか? それが嫌だから働かないのは甘えだ!」
「不法移民は全員強制送還すべきだ」
「そしたら、だれが庭師、キッチン、洗車、工事現場で働くのか? アメリカ人を雇用したらこれらのサービスはコストが高くつく分、値上がりとしてあなたたちに跳ね返ることを分かっているのか?」

という感じで平行線が続く。 

低賃金労働力としては捨てがたいが、アメリカ国民と同等の公共サービスを全て与えるのは勿体無い、というアメリカ政府の中途半端な立場が続いた犠牲がこうした不法労働者だ。 

その存在が既成事実となっているこうした不法移民と対極的に、ホワイトカラーの移民は相変わらず高い費用と長い年月をかけてビザや永住権を取得しているのも事実だ。 もし、メキシコ不法移民に5年間の滞在実績だけで永住権を恩赦するなら、正規ルートで申請し、永住権やビザを待ち続けているホワイトカラー移民には納得がいかないだろう。

当初の改正案のように、
現在すでにアメリカで生活し、労働している不法移民については、バッググラウンドのチェックと税金を納めた証明で労働ビザを与え、さらに将来的には永住権の道を与える。 その代わり、今後はメキシコ国境へ警備を強化し新たな不法移民の流入を防ぐ。
というのが結局リーズナブルだと思える。 新たな不法移民=低賃金労働力が入国しない前提で、アメリカ政府はアメリカ国民がこうした仕事につけるように最低賃金、最低保証システムを見直すべきだろう。 それによって物価上昇というお釣りが来たとしても、税金から不法移民をサポートしなくてよくなった分とトレードオフと考えるしかない。


2006年04月13日


5時過ぎのローレンス下りの渋滞に巻き込まれつつ、みんなでっかい車に一人で乗って同じ方向へ向かって効率悪いしもったいないなあ、と自分のことを棚にあげつつ考えた。 ガソリン代も1ガロン3ドルに到達しそうな勢いの今、大手企業の社員はもっと、カープールを推進するべきだ。

近所に住む社員同士が乗り合いで通勤することにより、渋滞緩和を推進するカープール。 残念ながらあまり広まらないのは、仕事やアフターの都合で行きはともかく、帰りも一緒に帰ることをコミットするのが難しいからだ。 どういう順番で誰が運転するか、遅刻者にたいしてはどう対応するかなどが個人間の決め事に委ねられているのもやりにくい。

そこで考えた。 

「こうすればうまく行く、企業のカープールシステム」

まず、カープール会を設立し、参加希望者に一個1ドルのカープール・トークンを販売します。
入会するには、最低10トークン購入してもらいます。

カープールで乗せてもらう人はドライバーに1トークン支払います。
ドライバーは集めたトークンを自分が乗せてもらうときに使用するほか、80セントで会に下取りしてもらうこともできます。
下取り手数料20%は会の運営費に回します。

社員の住所をゾーンで分割し、カープールゾーンを決めます。
ゾーンごとに朝のピックアップと、夜のドロップオフのデフォルトロケーションを決めておきます。
個人間でピックアップの約束が取れなかった人はピックアップロケーションでドライバーを待ちます。
自分の車で出勤するメンバーは、自分のゾーンのピックアップロケーションに立ち寄り、カープールを待っているメンバーがいれば乗せてあげます。(各1トークン)

帰社時は会社の駐車場の一角に設けられた、「カープール乗り場」の自分のゾーンのポストの前でドライバーを待ちます。
自分で運転して帰るメンバーは、カープール乗り場で同じゾーンのメンバーがいれば拾って帰ります。(各1トークン)
ドライバーは、ドロップオフロケーションで同乗者を降ろすか、話がつけば自宅まで送ります。 ここで、明日のピックアップをメンバー間で打ち合わせてもOKです。

このシステムにより、小遣いが欲しい人はマメにピックアップ、ドロップオフを行い、トークンを集めて売却しポケットマネーを得ることができます。
乗せてもらう人も、ドライバーとの約束の時間を気にせずにカープールを利用できます。
ピックアップ、ドロップオフ地点までは、歩き、自転車、だんなさん、奥さん、パートナーなどを利用して移動します。 最寄のモールの駐車場などが良いかもしれません。


どうですか、うまくワークしそうな気がするのですが、大企業に勤めたことがないので、リアルに運営した場合の問題点などが見えません。 もしかすると、こんなのよりよっぽど能率的なシステムが当たり前に稼動しているのかもしれないし。

こんなこと考えても一文にもならんのですが、こういう効率的なシステムを考えるのは渋滞の暇つぶしにはピッタリなんです。


2006年04月06日


活字中毒なので常に鞄には最低二冊、読みかけの本とその本を読み終えてしまったときのための次の本が入っている。 雑食性なのでなんでも読む。 英語が半分、日本語が半分。 小説が半分、ビジネス書が半分、ノンフィクションが半分(あれ、ちょっと余るな)。 新刊が出ると必ず読む「マーク作家」が10人弱。 昨年このマーク作家リストに娘の影響で Louis Sachar が加わった。

最初に読んだのは、There's a Boy in the Girls' Bathroom。 児童書ながらこれにはかなりしんみり感動させられてしまった。 地方版でも前に一度オススメしている。  これが良かったので次に読んだのが、Holes。 映画にもなっている児童書のベストセラーだ。その後、その他の作品を読破しことごとく楽しめたので。 Louis Sachar を注目作家に加えた。

その Louis Sacher が久し振りに書き下ろしの新刊を出した。 しかも内容は HOLES の続編らしいというので、早速オーダして娘と先を争って読んだ。

気持ちよくしんみり感動した

読後に一人でじっくり余韻を楽しんだ

内容は、HOLES の続編と言っても、脇役2名が2年後という設定で登場するだけで、設定やストーリー展開、物語のテーマなどは全く異なっている。 

毎回 Sachar 作品で感心させられるのは、「裏切り続ける伏線」だ。 読みながら「あ~、こうなるのかな、こうなっちゃうのかな」という期待、予想は見事に全て覆される。 それでいて、最後には全ての伏線がきれいにまとまってしまう展開は感動を新鮮なものにしてくれる。 最後の1章、最後の1ページまで、どうまとめるのか予測できない物語は他には少ない。

小学3年生から読める児童書なので、英語の小説が苦手な人も是非挑戦してみて欲しい。 子供がこういう本を読んで育っていると言うことに安心させられる。


2006年04月01日


社員食堂nVIDIAの回でお世話になった今野さんが社長をしている UIE Japanのサイトを見てびっくり。 新会社で社員のお世話をするメイドさんを雇ったと言う。 メイドといえば今日本では、メイドカフェがブームらしい。 「さすが、やるなー」と感心してカミさんに見せたりしてから、ようやく日本はエイプリルフールだったことに気が付いた。

そういえば、地方版では毎年4月1日に、「シリコンバレー痴呆版」を刊行してた。 最初の年は、編集長が蕎麦やを始める話とか、地方版がマーキュリーニュースに買収される話なんかを仕込んだんだが、当日、「日本からのアメリカン航空機でSARSの疑い」なんてニュースが入ったものだから、急遽うそニュースは削除して、臨時ニュースを入れた。

翌年はマーキュリーニュースの紙面を真似てもう少し手の込んだウソサイトを作成

去年もなんかやったんだけど忘れた。

そして今年は・・・。 ごたごた忙しくて今日がエイプリルフールであることすら忘れてました。


2006年03月20日


今の子供達はネットで提供される新しいサービスや機能を全く抵抗無くどんどん受け入れてしまうから恐ろしい。 いま話題の「ウェブ進化論」では、ネットの「あちら側」と「こちら側」という区別をしていたが、子供達を見ているとその境目が無いというか、自由に行き来しているように見える。 

今日も娘が電話機を片手にパソコンでなにかやっているので覗いてみたら、DOLL WAR という最近ハマっている女の子向け対戦型ネットコミュニティのサイトで、自分の分身であるキャラクタを成長させるために友達とバトルの段取りを相談しているところだった。

dollwar.jpgDOLL WARというのは、ネット上に持つ自分の分身にいろいろな服やアクセサリを仮想通貨で買い与え、「おしゃれ度」を競うゲームだ。 面白いのは「オシャレ度」は数値で判定されるのではなく、別のリアルの参加者が投票して決められる。 自分も他の参加者同士のバトルにジャッジとして参加することで仮想通貨で少額の報酬を得る。 この報酬を貯めて新しい服やアクセサリを買い、自分の分身のオシャレを磨くわけだ。 

いらなくなった服やアクセサリはオークションで売却することもできる。 自分のプロフィールを編集したり、友達リストを作ったり、メッセージを送ったりできるところは Mixiのようなソーシャルネットワーキングの要素も取り入れられている。

これ、まだ日本語化されていないようだけど、日本の子供にもウケそうだ。 男の子向けには色んな武器を追加してメカロボットでバトル。 子供服メーカとおもちゃメーカとタイアップして同じものがおもちゃ屋さんで買えるようにする。 いいと思うけどどうだろ?

以前に娘達がハマっていると紹介した Neopets も仮想コミュニティでアイテムの売買から株式市場での投資までできるものだった。

ウエブ上で無償で提供されるこうしたサービスやゲームを、リアルの友人とのつきあいの中に遊びの道具として何の抵抗も無く取り込み、面白ければ遊び、飽きれば投げ出す。 サービスを提供する側は、メーカとタイアップしてゲーム中にさりげない広告を盛り込んだり(NeoPetsの仮想都市にはマクドナルドの店舗がある)、ゲーム中のアイテムをリアルで販売したりして子供を相手に(子供を相手にする企業を相手に)広告ベースのビジネスモデルを作り上げている。 しかし TIVO やDVD レコーダで CM SKIP をするのが当たり前の世代の子供達には、単純なブランド刷り込みの広告戦略は通用していないように見える。

無料または格安で各種のサービスを受けられるのが当たり前の世代に育つ今の子供立ちが、将来どんな情報やサービスにお小遣いを払ったり、親にオネダリするようになるのだろうか。 オンラインでも無料で沢山のゲームが遊べる。 雑誌を講読しなくても、ゲームの解説本を買わなくても、最新情報は「ググ」れることを知っている。 そんな子供達でも、流行のゲームは発売日に買いたいし、メールの代わりに手紙を交換したりする。 最新アニメはP2Pでダウンロードしたり、YouTubeで見れることを知っていても、お気に入りは DVD を購入したり、映画館に足を運ぶ。 そのヘンのリアルとネットの境目が大人にはなかなか見極められないが、子供達にとっては無意識のうちに生活の一部になっているようだ。


2006年02月27日


door.jpg今回、寄席の始まる前と後に両師匠にインタビューのお時間を頂き、”取材”させていただく機会を得ました。 といっても、当日は本物の新聞屋さんも取材に来ていらっしゃったようなので、私なりの感想と師匠とお話した内容などをレポートします。 初めて寄席で落語を聞いた素人の感想ですので的外れかもしれません。


古典落語はそもそも江戸時代の下町を舞台にしたものが多く、言葉遣いや、登場する地名、小物など当時のことをまったく知らない若い世代には難しい部分もある。 今回の寄席でも、両日とも数名のお子さん連れが見られたが、こちらで育った子供にとって、「煙管(きせる)」「お灸」「お奉行様」「長屋」「おあし」「魚河岸」などの言葉は始めて聞くものだったのはないだろうか。 大人だって、テレビで時代劇を見たり、時代小説などを読んでいないとこうした単語に触れ合う機会は少なくなっている。

こうした事情を踏まえて、落語のなかでも「どうしてもこの意味をわかっていないと話が通じない」というものについては、説明を入れることもあるそうだが、基本的には話の流れの中で意味を掴んでもらうようにして、極力「説明」で話の流れを途切れさせないように心がけていらっしゃるそうだ。 

知らない単語について、前後の脈絡から想像して理解するというのは、第二外国語を習得して行く過程に近いかもしれない。 「きせる」と言われて何のことかわからなくても、煙管を模して扇子を咥えて火をつけ、煙を吐き出す様子を見ていると、「パイプのようなものなんだな」と想像できるだろう。 そして熊さんが浜辺でぷかりとやる様子を見て、「金持ちでなくても一般的に吸っているようだ」ということも想像がつく。

flower.jpgしかし、「子別れ」の再開シーンの鰻屋で熊五郎が何度も煙管に火をつけては煙草盆に灰を落とすシーンでは、「つけたばかりの煙管を一服しだだけですぐ灰を落とし、また新たに火をつける」という行為が、慌てて着けては消しを繰り返すことで熊五郎の動揺を表しているのか、そもそも煙管は一服したら灰を捨てて火をつけ直すものなのかは私にはわからなかった。

(古典)落語というのは最初から昔話だったわけではなく、昔はリアルタイムの話だったのが、話はそのままで落語が語られる周りの世界だけが年を取ってしまったのだ。 当時は時代背景や小物に説明の必要などなく、また細かい動作、言動から汲み取れる背景としての情報も今よりは豊富だったろう。 煙管の咥え方一つでも、その人の性格や身分などが通じるのかもしれない。

とすると、一席の落語から受けられる情報というのは、当時の背景についての基礎知識が少ないほど制限されたものになってしまう。 この傾向は残念ながら年がたつにつれてどんどん進行して行くものだ。 噺家のほうでも、落語の内容を少しアレンジして分かりやすいものに変えたり、話の途中や枕の部分で背景の説明を加えたりといった努力はできるが、そのせいで本来の落語の雰囲気が壊れてしまうのは避けたい。

今後もこの傾向が進むと、落語を楽しむには能や狂言、歌舞伎などのその他の伝統芸能のように聞き手もある程度の「予習」が必須という事態になりうる。 予習、勉強が必要となると、(やってみれば楽しいのはわかっても)初心者にとってとっつきにくくなってしまうのは避けられない。 そこで落語ファンを増やすにはこれまで以上の努力が必要になる。 

いかにして、落語に興味を持たせるか。 若手落語の中には、テレビのバラエティ番組にでる者もあれば、子供を対象にした新しい落語の分野を開拓したり、時代にあった創作落語を精力的に発表する者もある。 いずれにしても、落語の世界に新しいオーディエンスを引き込んでゆくかがこれからの重要な課題だ。 予備知識無しでもある程度落語が楽しめる世代に生まれた幸運な我々としては、この面白さを広め、もっと楽しむために進んで「勉強」し、機会があれば寄席に足を運び本物に触れて楽しむのが使命と感じた。


2006年02月23日


naku.gif

(コメントは本物ですが、年齢、職業などは編集長の妄想です)

この週末のシリコンバレー寄席。 とっくにチケット売り切れかと思っていたらまだ若干の余裕があるそうです。 またチケットを買っていない人、最後のチャンスです。 当日にチケット無しで行っても満員で入れない可能性があります。 

今日のスシトミBLOGには、過去にシリコンバレー寄席に参加されたかたからのこんなコメントが掲載されていました。
 

生まれて初めて生で落語を聴いたのが「文七元結」でした。 人目をはばからず、大泣きしてしまいそれ以来「圓橘ファン」です。噺の中に引きずり込まれた~って感じでしたね!

落語というと、笑点とかお笑いを連想しますが、上手な落語の人情噺は本当に泣けます。 数億円かけて作られたハリウッド映画ではなく、目の前でマイクも通さずに語られる話で感涙するなんていいと思いませんか。

こんなコメントも寄せられています。

前回、生まれて初めて、生の落語をみました。 落語って、映画より映像がはっきりと前に見えるものだというのをこのときに思いしりました。 というのも、師匠の落語が、臨場感があふれたものだったので、 目の前に江戸時代の街並みが見えてきてしまって、自分がその時代に いる錯覚に陥りました。すっかりタイムカプセルにのった私は、 あれから、はまってしまった私は、日本に帰国のたびに落語を見に行くように なってしまいました。 けど、日本で聞くより、サンノゼのほうが、場所が寄席のサイズなので、とても臨場感があふれます。 めったにない機会ですので、皆さん、お見逃しなきよう! 追伸・・・実は、娘もハマりました。。アメリカ生まれのアメリカそだちでも あの臨場感あふれる話は、印象に残ったようです。

ここまで書いてから、「もし人情噺がなかったらどうしよう」と、たかおさんに聞いてみたところ、たったいま師匠から届いたという当日の演目を入手しました。

25日
一、[強情灸]小円朝
一、[子別れ]円橘
中入り
一、口上
一、[天狗裁き]小円朝

26日
一、[雑俳]小円朝
一、[芝濱]円橘
中入り
一、口上
一、[転宅]小円朝

バッチリ、「子別れ」「芝濱」と両日とも円橘師匠の人情ばなしが入っています。 こりゃ、涙を拭くハンカチ必須ですな。 二日とも二席ずつとなる小円朝師匠も、強情灸や雑俳など初めての人にも分かり易すい定番を用意してくれていますね。 大いに泣き笑いできそうです。 ますます楽しみになってきました。


2006年02月10日


こちらの学校で小学3年生になる娘は、今学校で掛け算の九九をやっている。 毎日、学校から帰ってきては、「七の段クリアしたよ~」とか、「八の段最後でだめだった~」なんてやっている。 そうか、アメリカの小学校でも、掛け算暗記させるんだな、なんて思いつつ、よく考えてみると2年前にも上の娘がやっているはずだ。 上の娘のときは、こんなに毎晩苦労した覚えがないな。 何でだろう。

で、考えてみたら上の娘には、日本の九九の表をカミサンがどこかからダウンロードしてきて、九九で覚えさせたんだった。 下のは、「なんでセブンのことななとかしちとかいうの~? コンフュージング!」なんていうので、日本語の九九で覚えさせるのは断念したんだった。

でも、九九はエライよね。 0~9の数字をそれぞれ日本語の一音節に置き換えて、音の流れとして記憶する。 3x5=15は日本語だと「さんごじゅうご」英語だと、Three times five equals fifteen で略しようが無いのだ。 娘達に、「そなのどうやって暗記すんのさ?」と聞いてみると、「ひたすら覚えるまで繰り返す」だって。 日本語の九九で覚えれば、たとえ3x5を忘れても、「さんいちがいち、さんにがに・・」から始めれば自然と出てくるのにね。

日本語人は、こんな風に早い段階で数学でアドバンテージがあるんだな。 なんて思ってたら、娘達の学校では九九で終わりじゃなくて、12x12まで 3年生で暗記させられるらしい。 やばいじゃん、日本の子供。

そういえば、数字を音に置き換えて記憶するのは、掛け算だけじゃなくて電話番号とかでもやるよね。 「ミヨイクログロ」みたいに。 「ヒトヨヒトヨニヨトミゴロ」とか、「イヤミナ大塩平八郎の乱」とかね。

私も大抵の数字はこの方式で覚えてる。 別に意味を持たなくても、音に置き換えるだけで覚えやすい。 こっちのソシアルセキュリティ番号や自分の車のナンバーなんかもこの方式で覚えてる。 昔、アメリカの大学の授業で、クラスのみんなの電話番号を与えられた時間で何個記憶できるかというのをやって、10分かけずに全部(たしか13人くらい)記憶して、驚かれたことがある。(もう年齢的に無理だと思うけど) そのときも、もちろんこの方法で記憶したんだけど、みんなに「どうやってそんなに記憶するんだ」って聞かれて説明に苦労したな。 円周率とか記憶しちゃう人もこの手だよね。 日本語以外にもこうした方法で数字を記憶する方法ってあるのかな? 誰か知ってたら教えてください。


2006年01月20日


グーグルがブッシュ政権から要請された検索結果のデータベースの提出を拒んでいる。 ユーザのプライバシーを守る必要があるというのが言い分。 この件で、YahooもマイクロソフトもAOLもほいほいとデータを提出してしまっていたことも分かった。 国側は、違法ポルノなどの存在状況についての調査のため、なんて言ってるが、パトリオット法で個人の本屋ビデオの貸し出し記録までチェックしているブッシュ政権が、検索記録で何をするのかわかったもんじゃない。 ある日、検索サイトに「爆弾 作り方」なんて入力したら、パトリオット法案下で弁護士を雇う権利も与えられず拘束されることになるかもしれない。

グーグルの対応に対するネット界ユーザの反応は全面的に好意的だ。 Digg.comでのDigg数も1200を超えている。 ここで頑張ってブッシュ政権と戦っても、強制的にデータを取られても、「ユーザ側にたちプライバシーを守ろうと戦った」というイメージは強く残ることだろう。


2006年01月19日


ヒューザーはどうしたのさ? 宮崎裁判は?  そりゃ、日本テレビ敵対買収の一件でマスコミはアンチライブドアなのはわかるけど、調子に乗りすぎ。 ライブドアが無茶な錬金術をやってたからって誰か死ぬわけじゃないでしょ。 政治家が建設業界ど癒着して耐震疑惑をもみ消そうとしたら、人命にかかわるじゃん。 ・・・・って書いてたら、ライブドアから自殺者でちゃったね。 騒ぎすぎたマスコミの被害者一号だね。 長い不景気からやっと脱出しようとしている日本のハイテクIT業界の足を引っ張ってでも何かを隠したい人がいたんだろうね。 やだね。
しかも、今回はそこへ、「若いくせに六本木ヒルズで派手な生活してる奴はゆるせん」っていう旧世代サラリーマンのひがみも感じられるね。 やだやだ。

ホリエモン報道をみて、「ざまみろ」とか思っているあなた、「人生地味にこつこつ」が美しいと思ってません?


2005年11月28日


・・・といってもリアルの話ではなく、新サイト「Silicon Valley Today's Special」がなんとか開店し、ニュースネタも無事新サイトに移行できました。 ご協力、応援くださったみなさん、ありがとうございました。

「日替わり定食情報」を発信するのは、地方版時代から構想としてはあったのですが、「地方版」はなにか新しいことを始めるにはすでに土台がもろくなってきていたので、充電期間を置いて装い新たに新装開店と相成りました。

この2ヶ月、毎朝のニュース更新がなくなってラクになるかと思いきや、毎朝新聞をローカル面からチェックするクセはなおらず、面白そうな記事があるとつい誰かに教えたくなってしまう衝動が止まりませんでした。

どーやらこういうの好きみたいです。 ただ、これからは私個人のブログではなく、情報を提供いただいているお店の協力もあっての新サイトなので、以前よりもう少し真面目にちゃんと記事を読んで(!)、いい加減なコメントは控えたいと思います。 その分、こっちで勝手な意見、感想を書かせていただくつもりです。 これからもみなさん、よろしくお願いします。


2005年06月11日


B0005XO8FK.01-A2BF95SJ3X97HC.MZZZZZZZ.jpgバーベキューの基本といえば、バーベキューソース。 自前で作るツワモノもいるらしいけど、そこまでこだわっちゃいけない。 「究極のラーメン」だとか、「究極のカレー」だとか、こだわりすぎて原点を忘れている人大杉。  ラーメンとかカレーって、小額で気軽に食べれるところが基本じゃない。 うんちくとかごたくとか出てきた時点でもう本来の道をはずしているよね。 うるせぇから黙って食えっての。 
あくまでバーベキューの基本はアウトドアで美味しくご飯をいただくことだからね。 金と時間に糸目をかけないなら、高級レストランに行ってください。

ってなわけで、市販のバーベキューソースを使うわけですが、同じセーフウエイの棚から選ぶなら、美味しいほうがいいよね。 商品だなで幅を利かせているのはA1ソース。 ステーキレストランでも必ずテーブルには置いてある。 でも、編集長のお奨めはコレ。 Lea & Perrins Worcestershire Sauce
ま、Phoに入っているMSGの違いが判らない味音痴の編集長の言うことだからあてにならないかもしれないけど、一度お試しあれ。

ちなみに、バーベキューの基本は牛肉 (日本人にはRIB EYEおすすめ)でしょ。 味付けは塩・胡椒・ガーリック・ステーキソース。 これだけ。 これを極めるのに約3年かな。  余った肉は翌日ステーキ丼。 これ最高。


2005年06月05日


バーベキューの季節がやってまいりました。 天気のいい日に外で食べるバーベキューは美味しいですね。 バーベキュー暦40年、週に5日は夕食を自宅庭でバーベキューしているというバーベキューの達人を師匠に持つ編集長は、この4年間みっちり基本を学びました。 そこで、みなさんにも少しバーベキューの基本をおすそ分けします。

weber.jpgまず、炭の起こし方ですが、最初はみんな苦労します。 ドライヤーで風を送ったり、驚いたことに着火剤やガソリンを炭に直接かけて火を起こそうとしている人も多い。 これから肉を焼く炭にこうした液体をかけるなんてもってのほかです。 バーベキューには専用のチャコールスターターを使用しましょう。 円筒形の筒が内部で二層に分かれていて、上部に炭、下部に新聞紙をいれるようになっています。 この状態で下の新聞紙に火をつけたらあとは約10分待つだけ。 チョー簡単。 炭全体にほどよく火が通り準備完了です。

チャコールスターターはOSHなどでも$20前後で販売しています。 編集長が使っているのは写真のWEBERのスターター。 1回でちょうど22インチのグリルが一杯にはる分の炭が出来上がります。 調べたらAmazonにもありました。 日本から来て買ってもって帰ったツワモノもいましたが、確かにこれがないとバーベキューが始まりません。


2005年03月27日


先週のドサ周りからの帰り道、ダラスで飛行機の乗換えがありサンノゼ便に乗り換えたところ、「機長の定年前最後のフライト」というのに偶然遭遇しました。 ゲートで搭乗を待っていたところ「Happy Retirement」のバナーと花束を持ったアメリカン航空の職員が現れ、ゲート前で搭乗を待つお客さんに「このフライトは機長の定年前最後のフライトになります。」と紹介。 乗客の拍手を受けたところでスタッフと記念撮影。 ここまで編集長も、「いいねー。 おめでたいねー」と見ていましたがここからがやり過ぎ。

結局その飛行機は出発1時間前にゲートが変更になったので、電車で別ターミナルのゲートへ移動させられました。 で、移動先についたら、またまた花束贈呈と写真撮影の繰り返し。 記念にちゃんと出発ゲートで写真を撮りたかったのでしょうが、2度目ではちょっと感動も薄れてしまいます。 そしてようやく搭乗となったのですが、まず機内に乗り込んだのは機長の奥さんと娘二人。 「なんだよ。 家族優先かい」と思いつつも家族の乗る飛行機なら最後とはいえ無茶はしまいと少し安心。 実は「最後だから記念に一回転きりもみ飛行をサービスしまーす」なんていわれたらどうしようと少し心配していたのでした。

飛行機にようやく乗り込むと、スチュワーデスからまたしても「このフライトは機長の最後のフライトです」と繰り返し案内。 みんな律儀にまた拍手。 その後、機長が一言「長いパイロットの仕事も今日でおしまいです。 サンノゼへの到着は完璧なタッチダウンをしますのでオタノシミニ。 これまで色々なことがありましたが、今日こうして家族を乗せて最後のフライトができるのもみなさんのおかげです。 詳しくはまた離陸後に」なんて言ってます。 結局この機長、ダラスからサンノゼまでの4時間弱の間になんどもマイクを通して自分史を語ったり、感謝を伝えたい人リストを延々と語ったり。 まるでグラミー賞を初めて受賞した俳優のようでした。 「今日まで私を支えてくれた美しい妻と、かわいい二人の娘に感謝。 そして、乗務員、地上職員、スタッフのみんなに感謝。 忘れちゃならないのが乗客のみなさんに感謝。」 

飛行機が無事サンノゼに到着すると、スチュワーデスから「では機長にもう一度大きな拍手を」なんていわれてまた拍手。 「飛行機から降りる際にはみなさん、ぜひ機長に一言と握手を忘れずに」だって。 なんか、機長の最後のフライトを盛り上げる演出の一部として利用されてしまったような乗客達でしたが、もちろんアメリカ人はこういうの大好きですから、ちっとも気にしていないようでした。 機長さんよかったね。


2005年02月05日


今年は早くもタックスリターンの申告を済ませてしまって、ちょっと気が楽になった編集長です。 最近は便利なもので、オンライン版の申告ツールを使えば、アンケートに答えてゆくだけで申告書類が完成し、最後にはそのままオンライン申告できちゃうんですね。 ペンも電卓も切っても不要。 郵便局に行ってプライオリティメールで出したりしなくてもいいし。 資料が揃っていれば、申告内容にもよりますが、30分から2時間程度で完了しちゃうんじゃないかな。
で、各ステップごとに間違いがあればその場で教えてくれるし、リアルタイムでリファンド総額が表示されたりして、やりがいがあります。 ヘルプも充実しているし、それでも分からなければ生のオペレータに質問も可能。 去年はTurboTaxを使いましたが、今年はH&R Blockのサポートが受けられるTaxCutのオンライン申告(ご紹介キャンペーンの10ドル割引リンクを貼っておきました)を使いました。 便利ですよ。
申告が終わってこんなエントリを書いていたら、「e-fileがアクセプトされませんでした」なんてメールが来たのでビックリしたら、「扶養家族のSSNがマッチしないようです、もう一度確認してください」だって。 良く見たら、娘のが一文字間違えていました。 これが郵送でファイルしてたら、間違いがわかって戻ってくるのに何週間かかってたかな。 ハイテク万歳。


2004年12月01日


firewood.jpg最近急に冷え込んできたので、暖炉の薪を注文しました。 火遊びが好きなせいか、ほかの暖房より暖炉の火にあたっているが好きなので、我が家では毎年かなりの量の薪を消費します。 そうなるとセイフウエイなんかで売っている箱入りの8ドルとかの薪じゃ高いしいちいち買って運ぶのも面倒くさい。 そこで、薪屋さんから直接買っています。 

薪を買うときの単位はコード(Cord)という他では聞いたことがないような単位を使用します。 1コードは128立方スクエアフィート。 大体我が家では1/4コードも買えば、一冬越して翌年のキャンプで使ってまだ余る位です。 年間でも暖炉を着けたくなるような気温まで下がる日は少ないですからね。 

薪を注文する際にはまず、木の種類を選びます。 一番高いのは Seasoned Oak で、私は当初よい香りを着けたOakだと思っていたんですが、木の場合 Seasonedというと「よく枯らした」という意味になるそうです。 Oakは一旦火がつくと持ちがよいので暖炉の薪として好まれますが、私は安くて色んな木がミックスされた、Hardwood Mixを購入しています。 着火しやすいしすぐ燃え尽きるので便利です。 

薪を買う際には他に、割ってあるかどうかを選ぶことができます。 丸太の状態で購入して自分で斧で巻き割りもできるわけですが、さすがにそこまでやるのは面倒なので、私のオーダは「1/4 cord of hardwood mix, split」となります。 これで今年は$65でした。 料金には配達量も含まれます。 さらにオプションでお願いすれば、配達してきた薪を積み上げてくれる(スタック)のですが、これを頼まないとドライブウエイに置いて行くだけなので、そこからは自分で巻き運びと積み上げをやらなければなりません。 この仕事が約1時間の作業になりますが、色々な形の薪を上手に積み上げてゆく作業はテトリスみたいで楽しいものです。